僕の不撓不屈 ~2022 年夏~

僕はパクりが好き。引用が大好き。それも軽薄に、露骨にやるのが最高。

 現在は紙・電子ともに絶版となっている90 年代を描いた青春群像『I Care Because You Do』はAPHEX TWIN のアルバム・タイトル。震災を経た日常を描いたエッセイ・コミック『All those moments will be lost in time』は、映画『ブレードランナー』の有名なシーンの台詞から。ファンタジー作品『世界の終わりの魔法使い』の主人公サン・フェアリー・アンは、石井桃子翻訳によるエリナー・ファージョン『ムギと王さま』が元ネタ。もう一人の主人公「ムギ」名前もしかり。デビュー作『凹村(おうそん)戦争』は、H・G・ウェルズの小説をラジオドラマ化しパニックを引き起こした鬼才演出家オーソン・ウェルズに由来。3・11を軽薄なラブコメとして描いた『ヤング・アライブ・イン・ラブ』は、フリッパーズ・ギターの代表曲「恋とマシンガン」の英題だ。

 ベトナム戦争を題材にした長期連載作品『ディエンビエンフー』が掲載雑誌の休刊によって打ち切りになり、移籍先も見つからず、結果「何もできない」という苦しい時期に、コンビニプリントのシステムを利用してA3サイズのペーパーを定期発行していた。「アオザイ通信 PAPER」と名付けた四つ折りA3サイズの読み物を、2016年7月から11月にかけて週刊ペースで配信。出版社に頼らない完全にインディペンデントな試みだった。ペーパーのメッセージはシンプル、「待っててね、絶対に完結させてるから!」だ。

 12巻を出してもなお未完となった『ディエンビエンフー』は、その後移籍先を見つけ、続編にして完結編『ディエンビエンフー TRUE END』全3 巻を刊行することで、ようやく完結を果たしたけれど、「アオザイ通信 PAPER」を発行していた頃はまさに絶望の中だった。移籍先も見つからず、出版界はジリ貧。僕の企画は思うようには意通らず、売れ行きは下がりっぱなし。出版界は後に「電子書籍」という新しいビジネスを発見してV字回復を果たすが、2017年はまだその気配もない頃。

 18号発行したペーパーをまとめてセット売りするときに、僕が改めてつけたタイトルは、『不撓不屈 Never Give Up!!』。これは、日本原水爆被害者団体協議会代表委員の坪井直氏の言葉の引用であり、それを引用し作品化した芸術家集団Chim↑Pomのパクリでもある。『ディエンビエンフー』はベトナム戦争が題材、広島とは関係ない。平和へのメッセージもない。いつもの軽薄で露骨な引用だ。

 時が経ち、2022年、一本の電話がかかってきた。電話の主はインディペンデント・マガジン『TO FUTURE』発行人にしてパンク・レコード店「DISK SHOP MISERY」店主のガイ氏。「西島くんさあ、坪井さんの”不撓不屈”を使ってなんかやってたよね、調べてたら見つけたんじゃけど」とのこと。
「やばい、見つかった!」と正直焦った。しかも発見者は、坪井直氏本人に何度もインタビューを行い、その志や思想を後世に残そうと、インディペンデントな立場で取り組み続ける人間だ。気骨のあるパンクスにして、粘り強い真の平和主義者だ。

 マンガは厳密にはアートではなく、読み物でありポップカルチャーなので、引用元やパクリを理解することは読者の義務ではない。大抵の場合スルーされる。読者はキャラクターや物語を好きになり、先へ先へと爆速で読み進める。立ち止まって考えるアートフォームではない。だから僕にとって、それを真正面から指摘されることは、たぶん初めてのことだ。

 『ディエンビエンフー』はベトナム戦争を描いた作品だけれど、主人公の日系米軍人ヒカル・ミナミの誕生日は1945年8月6日生まれ。原爆の光が広島で炸裂したその瞬間と同時刻に、アメリカで生まれたという設定で、ヒカル=原爆の光を意味している。連載がストップし絶望していた時の「不撓不屈」だってそうだ。広島や福島のような大きな困難と比べられる規模ではないけれど、僕個人は小さな絶望の中にいて、自分を奮い立たせるために「不撓不屈」をパクったのだった。

 絶版になっても、古本でも、電子書籍の違法読みでも、作品の賞味期限は無限だと信じている。数年が経ってもなお、届く人には届くものだ。ぎくっとしたけれど、同時に嬉しくなった。僕はパクりが好き。引用が大好き。それも軽薄に、露骨にやるのが最高。

Never Give Up!!

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