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坪井直氏を偲ぶ

坪井直さんの追悼展によせて – 卯城竜太(Chim↑Pom)

自分はメモや写真を取るわけでなく、その場で次々と辛辣な質問に答えていただけだから、謝罪会見での思い出はハッキリ言ってあまりない。特に一つだけ思い出を挙げるとすると、それはやはり坪井さんの印象に尽きる。顔が見えない中では発言も何も温度というものが伝えられないが、まずは被爆者団体の方々に自分の顔を見てとってもらえた。

不撓不屈 -NEVER GIVE UP- 坪井直氏を偲ぶ

坪井さんとの出会いはTO FUTURE ZINEのインタビューを最初に依頼した2007年。TVでしかお見かけしたことがなかった自分には反核の怖いお爺さんの印象しかなく、当時の素人に毛が生えたような自分の活動と知識について叱られるのではないかとビクビクしていましたが、実際にお会いするとすごく気さくな方で、反戦、反核以外のお話もたくさん聞く事が出来ました。大いにユーモアにあふれた方でもありました。冊子の性質上その部分は除いて掲載しているのですが、今思うとそのユーモアにあふれた言葉こそ、原爆に直接遭われながら最前線で活動してきた坪井さんのお人柄が伝えられたのでは、と悔やまれてなりません。

坪井直氏2018年インタビュー(ToFuture2018)

2018年6月29日、梅雨の中、一時の晴れ間が見えた午後二時過ぎに、被団協へお邪魔しました。8月6日、9日、15日に向けてご多忙な中、坪井さんに今年も大切なお時間をお借りさせていただいたのです。広島医師会のインタビューを終えたばかりの中、人懐っこい笑顔で私を迎えてくださった坪井さん。ユーモアを交えた世間話から、これまで辿られてきた人生の一端を垣間見れるお話も聞かせてもらいながらインタビューは始まります。 Interview & Text by GUY a.k.a. 大小田伸二 坪井直さん(以下継承略):これまで、中国やアメリカ、インドなどいろいろなところに行きましたね。ハワイに訪れた時は真珠湾攻撃の跡地にも行って、日本軍の攻撃で家族を亡くされた方にも会いました。戦後14、5年経った頃だと記憶しています。被団協として海外へ行ったことも数多くあります。そこで偉い人たちにも合うのですが、私が半日ほどの自由時間で会いたいのは、いつの時も虐げられている人たちなんです。そういう場所や人に会わないと、訪れた国の本質もわからないですからね。私は必ず訪れるようにしています。 Guy a.k.a. 大小田伸二(以下G):ありがとうございます。話は変わりますが、広島市名誉市民賞(※注1)を受けられたと聞きました。おめでとうございます。 坪井:本当にありがたいことです。(そのことは)テレビに沢山扱われたのですかね?知らない人からも(受賞について)お手紙を頂きましたから。(考えてみれば、被爆者のなかでは)私は長生きしてますからね。(被爆したときは)危篤状態も三回やって入院も十回くらいしましたしね。耳も(被爆以来)このままだし(※火傷の跡が残る耳を触りながら)、このころはよく聞こえなくなってきましてね。(原爆が落ちた時に)左目をやられたんですが、右目は大丈夫だったんです。これまで右目ひとつで(平和に向けて)頑張ってきたのが評価されたんですかね?ありがたいことです。しかし(活動を支えてくれた右目も)このころはよく見えなくなってね。91歳までは裸眼で新聞読めていたのですが残念です。 G:自分は既に裸眼では新聞が読めません。その強靭さと行動に改めてリスペクトさせてください。そして、先日行われた北朝鮮とアメリカの首脳会談(※注2)についてどう思われるのか聞かせてください。 坪井:米朝関係が前進したという意見もありますがね。(両国の間で)何も具体的なことが決まっていないでしょう。手放しではとても喜べないですね。 G:坪井さんが考える今の世界の状況についてお聞かせください。 坪井:これまで我々被団協が先導して、被爆者援護と核兵器廃絶に向かってきたんですね。原爆にやられた者にしか伝えれないことがありますからね。生身の言葉でしか伝えれないことがある。しかし、被爆者はそのうちいなくなることは事実でしょう。ですから違う方向でも反原爆を伝えれる方法を考えているんです。これまでは、ネバーギブアップの精神をもってそれに向かってきたのですが、最近はその内容が変わってきましたね。核兵器禁止条約も採択されて、(庶民の)世界の流れはいい方向に向いてきていると思うのですが、国単位で考えると未だ戦争が必要であると考える国と、必要でないと考える国との差が激しくなってきているのを感じるんです。(ですから)問題は既に核兵器だけではなくなってきていると思います。それは、人を介しない無人兵器やAI(人工知能)による攻撃などに表されていると思います。(せっかく採択された)核兵器禁止条約にしても未だ批准している国が少ないのが現状でしょう。(採択した核兵器禁止約を国内の条約、法律と照らし合わして改めて国をもって正式に認めることを批准(ひじゅん)といい、まだ10ヶ国しか批准していない)人間以外の動物は、こんなこと(核兵器の使用、保持を含む兵器を使った戦争というもの)はしませんよね。仲間同士で争うことはあっても、お互いを全滅させようという生き物は人間以外、何処にもいません。だから(平和という目標に向けて行動していくには)核兵器廃絶だけを追いかけていてもしょうがないと思うのです。核兵器廃絶ももちろん大事ですよ。私はやられてますから余計にね。(被爆から73年経っても原爆症について)医学の視点から見てもまだまだ分からないことがあるのが現状ですからね。どうすれば、人類と戦争を切り離すことが出来るのかと真剣に考えています。 G:原爆の不必要性を、たとえ被爆者でなくても、今を生きる人たち、そして子供たちへ継承していくことの大切さ。世界から核兵器を、ついては戦争を無くしていくことの意義を痛感します。それでは今インタビューの締めとして、この冊子を読んでいる方にメッセージを頂けますか。 坪井:あなたたちのような人に会うと元気をもらえます。わたしは大きな出版社より、あなたたちのような自主出版社から頼まれたインタビューの方がうれしいんです。それにしても、これまで、よく続けてこられましたね。みなさん、決して諦めずに「NEVER GIVE UP!!」これに尽きます! ※注1:2018年2月16日、広島市は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員で、広島県原爆被害者団体協議会(県被団協)理事長の坪井直(すなお)さんに、名誉市民の称号を贈る方針を決めた。市は「核兵器廃絶や被爆者援護の充実に長年取り組んだ」と、理由を説明している。(毎日新聞WEB版より抜粋) ※注2:2018年米朝首脳会談は、2018年6月12日にシンガポールで開催された、アメリカ合衆国と朝鮮民主主義人民共和国の両国トップによる首脳会談である。両国の首脳が直接顔を合わせるのは史上初のことである。(ウィキペディアから抜粋)

NEVER GIVE UP! 坪井直さんと共に –deepest sympathy–

期|2022 年1 月25 日(火)〜 30 (日) 時間|11:00〜20:00(最終日は16:00 まで) 場所|gallery G(広島市中区上八丁堀4-1) 入場料|無料 主催|ギャラリー交差 / TO FUTURE PRODUCTION / 一般社団法人HAP(gallery G)

坪井直氏2017年インタビュー(ToFuture2017)

Guy 大小田伸二(以下G):こんにちは。今日もよろしくお願いいたします。今回はヒロシマの継承というテーマについてお聞かせください。 坪井直さん(以下敬称略):よろしくお願いします。私が最近思うのは、去年オバマ大統領が来てくれて広島に外国人の観光客の方が増えたと思うんですね。その割に、ちゃんと見てくれているのかな?ということは感じますね。しかしながら来てくれる事自体はとても良いことだと思います。私からすれば平和公園自体がもっと広ければよいと思うし、改装した資料館東館にしてももっと広いスペースを持たせたら良いと思っています。資料を詰め込んでる感じがしますので、もっと余裕を持たせていろいろ置くべきだと思います。資料館に遺されている遺品の数百倍も亡くなってる方がいるわけですからね。原爆ドームもイルミネーションなどやってはいますが、世界遺産としての規模というか範囲自体が狭いですよね。長崎平和公園はもっと広いスペースがありますからね。外国に行って世界遺産を見て思うのはまずは歴史があり、スケールが大きなところです。まず見て感動するというのが最初だと思うんですよ。まぁ、日本は島国ですからやむを得ないところはあるのですがね。 G:8月6日の登校日がなくなることについてはどう思われますか? 坪井:どんどん被爆者は少なくなってきてますから、子供たちに生の証言を伝えることの出来る人はいなくなると思うのです。先程も言ったのですが外国人の方もまず平和公園に来てくれる事から始まりますからね。まずは子供たちに平和公園にたくさん来てもらいたいです。私は教育委員会が中心となって平和教育を率先していくべきだと考えています。一番若い層にヒロシマを伝えていかなければね。このままでは廃れていくばかりだと思います。若くて多感な時に平和公園を、原爆ドームを、そして資料館を見せる事が大切なんです。成人になってからだとまた受けとり方が違いますからね。学校単位では難しい部分もあると思います。ですから教育委員会が旗を振って学校に呼び掛けて、子供たちに伝えていかなければと思います。その為にも、ことなかれ主義が目立つ教育の場を変えていかなければね。 G:本当にそう思います。それではこの冊子を読んでいる読者へのメッセージをお願いします。 坪井:オバマ元大統領が示した理想、目標を私たちも目指していかねばいけないと思います。核兵器をゼロにすること。核兵器廃絶ですよ。人類が目指すべき道は同じなんです。それぞれ道筋が違うだけでね。私は被爆者ですが、それを超えて未来志向でいっています。オバマさんが来広したのが終わりではないんです。これは核廃絶への始まりです!戦争は人間同士がするものなんです。動物同士ではありえませんよね。人間は知恵を持っているのだから共存という道に向かっていかなければね!戦争をなくすために知恵をしぼって行きましょう!! NEVER GIVE UP!!ネヴァーギブアップ!!

坪井直氏2015年インタビュー(ToFuture2015)

7月13日木曜日私は今年も被団協理事長の坪井さんにお話を伺うため平和会館へやってきました。原爆投下から70年を迎えた2015年夏、齢90歳を迎えた坪井さんは今年も笑顔で私を迎えてくれました。大変お忙しい中、お時間を取ってくださった坪井さん、そして被団協のみなさんにあらためて感謝を申し上げます。INTERVIEWED : GUY(大小田伸二) GUY:今年もよろしくお願いします。2015年7月15日に自公民によって国会で強行採決されようとしている戦争法案(安全保障法制の関連法案)  について坪井さんのご意見を聞かせてください。そしてその法案に反対の意思を示した多くの国民による全国各地のデモについてお聞かせください。※1:集団的自衛権の行使容認を含む新たな安全保障関連法案(7月15日に強行採決) 坪井直さん(以下敬称略):戦争法案なんていらないです。本当に話にならんと思っています。私は人一倍そういう想いが強いです。何を急いで何をやろうとしているんでしょうか?もし本当に国民に必要な事柄だと思うのならば国民投票という形で九条について国民に問えばいいんです。憲法の拡大解釈による集団自衛権や、今回のような戦争法案の強行採決の流れのような順序の違うやり方は絶対承服できません。時の政府だけでこんな大事なことを決めていかんと思います。今が危険になるだけでなく、後の政府にとって更なる拡大解釈をあたえてしまう恐れすらあると思っています。今の若者たちに対しても、もっと意見を言ってほしいと思います。徴兵制がないから大丈夫だと思っていると思いますが、「戦争だからしょうがないしょうがない」と、どんどん変わってきた時代を私たちは経験しておるんですからね。若者は自身の問題だということを自覚して意見を発信してほしいと思います。今回のデモは大人世代を中心に発信してますし、それはとても大きな力だと思います。しかし若者の意見があまりみえないから、もっともっと関心を持ってほしいと思います。そして国を護るためには必要だと本当に思っている議員さんや大臣、そして自公民の考えに賛同する人達に言いたいのは「先ずあなた達から矢面に立ってください」と思いますね。必要だ必要だと説きながら実際に戦闘に参加するのは若者ですからね。そして戦争が起こってしまえば核兵器の使用という可能性が出てくるわけです。抑止力だという意見もあるようですが可能性は絶対に否定できないでしょう?昔と違いエノラゲイ(B29)から投下する原爆では今はないんです。破壊力はもちろん70年前とは比べ物になりませんし、核弾頭を備えたミサイルでいつどこからでも発射できる。無人機に搭載すればより確実に目標を攻撃できるとても恐ろしい兵器なんです。そして一度投下してしまえば民族どころではなく人類の終わりです。そして被爆した人たちは私たち被爆者と同じように死ぬまで放射能に苦しめられるんです! テロリストに万が一、核物質が奪われてしまえばいつどこでとんでもない被害が起きてしまいますよね! 貿易センターへの攻撃にテロリストの核兵器が使われていたらと考えると恐ろしいですよね。そういう危険な兵器だということをみんながもっと自覚しないといかんと思います。 GUY:戦争法を通してしまった後のことまで考えていかないといけないということですね。 坪井:そうです。戦争法はもちろん反対です! しかし、ただ闇雲に反対しているのでなく、それの次にどうなる可能性があるのかということを具体的に考えて反対を訴えているんです。 GUY:今年5月に行われたNPT(核不拡散条約)再検討会議が不調に終わったと記事で見ましたが。 坪井:不調の一つの原因は不安定な中東情勢にあると思います。そういうテロに対して核の威嚇が必要な部分があると判断したのでしょう。まだ抑止力が必要だと考えている国があるのだと思います。中東の問題が解決の方向に向かえば、不拡散~削減へと進む可能性は大いにあります。そもそも抑止力というのは国と国が原爆を持つことが国力だと思っていることから生まれたものでしょう?だから私は真の意味で国境など無くなればいいと考えています。音楽や芸術、スポーツには国境はないでしょう? ただトップを取った選手やアーティストには敬意が払われるだけです。国同士の競争という概念はそれに付随しているだけです。国境があるから領土の取り合いになるし、戦争の原因にもなる。いつまでもそれを繰り返していたらそれこそ人類の破滅ですよ。これからは国益を考えるのではなく人類にとっての益を考えていかねばならないと思います。もちろん、これは理想ですが現実的に考えたほうが変なことになっておりますよね?原爆の使用は人道的に違反しておると分かりながら現実には抑止力と核の傘にしがみついている国々(日本も含む)もいるということ自体おかしなことでしょう?理想を一歩でも二歩でも進めれればそれが人類の進歩だと思っています。国境がなくなる傾向で、EUという経済圏での交流もそのひとつだと思います。ギリシャという問題もありますが、EUROという共通通貨がなくなるとは思えないですよね。 今回の集団自衛権の拡大解釈の問題ですが、多くの憲法学者が違憲だと判断しながら性急に推し進めようとしている自公民に言いたいです。後の歴史から見れば、この時の判断が大失敗だったと言われかねないということをやってるんだということを議員さんたちに考えてほしいですね。 GUY:国民の多くは戦争はいかんと思っているし、憲法違反だとも気づいている。今回のような大きなデモも各地で起こっている。なのに永田町の小さなところでは逆のことが行われているなんて本当に不思議だと思います。 坪井:自民党は集団自衛権や戦争法を支持されて議席を取れたのではない、ということを自覚しなければいかんですね。国民に対して詳しい説明を全然しないうちに自分達に都合のいい法案だけ通そうとしてますよね。何を血迷っているのか!! と強く思います! まぁ、こういうところまで突っ込んでいえるのはこの冊子だけですよ。でもこの冊子を読んで感じてくれるひとも大勢いますからね。 日本政府もアメリカ政府に追従するのは考えねばいかんと思いますよ。日本がアメリカを頼りにしているほどアメリカは日本のことを考えているとは思えませんよね。こういう関係がいつまでも続くとは思えません。日本政府も新しい関係を築きあげなければいかんと思います。アジアをはじめとする国どおしの交流もそのひとつです。そうやって人類が最終的に到達するのが「国境のないひとつの国」ですね。一つになることで様々な問題はあると思いますが、人間には叡智もあれば、理性もある。そうやって人間は進歩していかなければなりません。 GUY:原発の再稼働の問題についてどう思われますか。 坪井:放射性物質の中でも百年、千年も半減期が、かかるものがたくさんあります。そういう放射線を中和し、人類が核エネルギーを克服し、完全にコントロールできるなら使えばいいと思います。けれど、実際は無理ですよね。経済から考えても廃炉を含め莫大な経費がかかります。結果、原発は廃炉しなければなりません!!福島第一原発をはじめチェルノブイリやスリーマイルをはじめ多くの原発による過酷事故の報道で全てが我々に明らかにされているとはとても思えないでしょう。原発の使用が長引けば長引くほど後の世代に後始末を押し付けることになるんです。そういう危険で無駄なものは絶対使用してはならんのです。 GUY:ありがとうございます。それでは広島市が被爆70年を迎えた今年、そしてこれからの未来について坪井さんが考えておられる意見をお聞かせください。 坪井:71年には棺桶に入っているかもね(笑) GUY:いえいえ来年もお元気で頑張ってもらわねば! 坪井:70年を迎えた新たなる目標ですね。その前に言っておきたいのは被爆してすぐに死ぬると言われ、これまでも何度も死にかけた私が今でも生きとられるのは周りのみなさんのおかげですね。本当に感謝しなければいかんと思っています。 そのうえで、私のあらたなる目標は「真実を伝えなければいかん」と思います。今までも伝えてきましたが、被団協の理事長をはじめ様々な役職についておりました故、個人の考えより被爆者全体の意見を第一に発信してきました。私も歳ですからいつまで理事長がつづけれるかわかりません。ですから、これからは個人として坪井直という一個の人間としても、みなさんに真実を伝えたいと思っています!! GUY:来年の坪井さんにも期待しております。ところで今年も安倍首相と会われる機会があると思います。そのときに伝えたいことはありますか? 坪井:被団協として、被爆者の代表してして安倍首相に聞きたいのは、麻生首相と交わした確認書についてのその後の動きについてですね。原発に代わるエネルギー、そして戦争法はいりませんというのも伝えたいです。 GUY:最後にこの冊子を読んでいるみなさんにメッセージをよろしくお願いいたします。 坪井:何があってもとにかくあきらめるなと。あなたたちが思っていることは必ず理解者がいるはずです。だから決してあきらめないでください。「ネバーギブアップ!!」

坪井直氏2016年インタビュー(ToFuture2016)

坪井直さん インタビュー広島県被団協理事長 日本被団協代表委員 2016年6月23日 今年も被団協の理事長、坪井さんにお話を伺うために平和会館へ行きました。今回は初めてのTO FUTURE制作に参加してくれる本間くんを同行して。挨拶を交わしながら、インタビューの準備を始めたところ、坪井さんとの談笑の中で、いきなりの本題へ繋がる話が出てきたので、急いでテープを回しながらお話は始まります。 INTERVIEWER & TEXT by Guy 大小田Guy 大小田(以下G):早速ですが、先日(5月27日)、オバマ大統領と会われたときのことについてお話を聞かせてください。 坪井さん(以下敬称略):オバマさんが平和公園に来られる際に、誰を列席させるかを選ぶのが、難しかったようですね。最後の最後まで人選が行われていたようです。(5月10日に広島訪問を正式にホワイトハウスが発表したものの、スケジュールや内容については、米国世論も踏まえて、直前まで調整が続けられていた。)一概に被爆者と面会といっても、誰でも良いわけではないですからね。松井市長と湯崎県知事がアメリカの外務大臣と協議したと聞いています。県知事が日本の被爆者の代表ということで、広島県被団協の坪井にしようと言われたと聞きました。 GUY 湯崎県知事の推薦だったんですね。 坪井:日本全国にまたがった被爆者の団体の代表だから出席すべきだと言われ、私に一番に列席のオファーが来たんですが、それが3日前です。(5月24日)日本被団協には私を含めて、代表委員が3人います。先方からは、4人の枠があったのですが、長崎の谷口稜曄代表委員が病気で入院中だったので、同じく長崎の田中熙巳事務局長、東京の岩佐幹三代表委員と私に決まりました。 ―オバマ大統領当日―私は午後2時に平和公園へ着きました。こちらの印象としては、オバマさんが、伊勢志摩サミットを終えてから、岩国へ立ち寄り、米軍基地でのスピーチを終えた後、(平和記念公園に)間違いなく来ると情報が入ってから準備を始めた感じですね。(私とては)オバマさんより先に座って、待っておかないとね。平和公園へ着くまで、オバマさんの詳しいスケジュールを知らなかったのですが、あらためて聞くと資料館への訪問の時間が書いてあったんです。15分しかなくて驚きましたね。正直、15分で見てなにがわかるのかと?被爆者との対面とか話し合う時間とかも書いてなかったですし、今回は被爆者との面会はないのかと思いました。ある意味気楽な気持ちになりましたね(笑) ―5月27日午後5時過ぎ オバマ大統領平和記念公園到着―(オバマさんが来られた時)、私は慰霊碑の角の席におりました。その席で、オバマさんと安倍さんが(慰霊碑へ)献花の後、声明を話すのを聞いていました。(声明を)長いことやりましたのう(笑)(声明の間)外務省の人から、両首長が献花して声明を話した後に、一言二言オバマさんと会話をしてくださいと言われました。 GUY 最初はあの場面(全国放送で両者が向かい合った印象的な対面)は想定してなかったってことですか? 坪井:そうです(微笑)でも私は席順表を見たとき、(スケジュールにはなかったが)オバマさんが私と直接会ってくれるのではないかと思ってはいたんです。 私の隣の席は森重昭さん(注1)という方で、全財産をつぎ込んで(被爆死した米軍)捕虜の関係者をアメリカに行って探した方でした。オバマさんと対面したとき、彼は感極まって何も話せなかったようでしたね。 注1:森重昭さん(79)は、8歳の時に広島で被爆した。 米国を恨んだこともあったという森さんは「被爆の痛みに敵も味方もない」との思いから、被爆の混乱で散逸した記録や関係者の証言を40年近く丹念に集め続け、広島で被爆死した米兵捕虜らの最期を調べ上げたことで知られる。 米兵捕虜の親族との交流を描いたドキュメンタリー映画「ペーパー・ランタン(灯籠流し)」が今年2016年、完成し、日本でも上映された。 まず、私がオバマ大統領に話したことは「謝れ」とかは一切言いません。なぜならば、私たちはそういうことはすでに乗り越えております。今日は広島に来ていただきありがとうございました。感謝しております。あなたが来られたことを大歓迎しております。そして、広島に来られ、資料館を観られて、(いま)私の話を聞こうとしておられます。原爆問題というのは本物(資料館)を見たり、本当に原爆を受けた人の話を聞いてから初めて全体像が分かるんです。それにしては(見学)時間が短かったですなぁと(笑) GUY 確かに(笑) 坪井:そこで、初めてオバマさんが笑ったんです(笑)続いて私は言いました。あなたは来年1月には大統領の任期が終わります。そうすれば、少しは自由な時間ができるでしょう。これからは度々広島に来て、しっかり(資料館を)観て、(被爆者の言葉を)聴いてくださいと伝えました。そうすると彼は「そうだそうだ」と大きな声を出して満面の笑顔を私に見せてくれました。そして私はこうも言いました。あなたは「核兵器のない世界」{注2}を作ると言いました。私たちも核兵器廃絶を死ぬまで訴え続けているのだと。同じ道です。決して別の道ではありません。人類の為に共に頑張りましょうと伝えました。その瞬間、大きな声で「サンキュー!」と言ってにっこりと笑ってくれたのです。そして、最後にこう付け加えました。今回(広島訪問)が終わりではありません。(核廃絶は)これからです!! 周りの方は私がオバマさんに対して何を言うのかドキドキしていたかもしれないですね(笑)何しろ原文がないのですから(笑) 注2:プラハ演説 2009年4月5日、チェコ共和国の首都プラハのフラチャニ広場にて、アメリカ合衆国大統領バラク・オバマが核廃絶へ具体的な目標を示した演説のこと。 GUY:あとからTVで見たのですが、とても良い場面だったと思います。 坪井:オバマ大統領との対面が終わった後、全国各地から多くの電話やはがきもいただいたのですが、私について悪く言う人も、ダメ出しをする人もおりませんでした。よくやったと多くの人から言ってもらえましたが、実際にオバマさんに会う、こちらは内心はドキドキでしたよ(笑)後日、安倍首相からも松井市長を通じてですが、「素晴らしいことを言ってくれました」とお礼を頂きました。すぐさま、松井市長に、伝えていただいたお礼に伺いたいと言ったら、まだ東京におりますと(笑)。直接、安倍首相から聞いてすぐに連絡をくれたみたいですね。 私たち日本被団協は、謝罪の要求をしないことを2日前(5月25日)に決めたんです。苦しいことはこれまでに、色々あったけれども、それを乗り越えて、未来志向で行こうと話しました。その決定を踏まえて私はオバマさんと話したのです。 GUY その前には謝罪ありきとかの話はあったのですか? 坪井:数は少ないけど、ありました。しかし(会議での話しあいで)、こちらが謝罪を要求すれば、(アメリカ側は)真珠湾の件を持ち出すでしょうしね。そうすればお互い喧嘩腰になるし、どちらが正しいなんて「神のみぞ知る」ですからね。もう、そういうもの(恩讐)を乗り越えて私たちは人間同士なのだからということを話しました。オバマさんは声明の中で、「アメリカ」という言葉は使わなかったですよね。常に「人類」という言葉を使っていました。我々「人類」がこれまで間違ったことをしてきたと。そしてこれからは良いことは残し、悪いことは捨てていく未来志向の話をされていました。だからこそ、私も「人類」のために共に頑張りましょうと、彼に言ったんです。お互い自分の国だけのことを言ったらエゴが出ますからね。少数ならともかく、今回の様な、公の場所では出す必要はないと思うんです。自分の経験でいえば、戦争が終わったこともわからないくらい(原爆)にひどい目に遭っていますからね。被爆してから、ひと月以上、意識がなかったのです。(当時は)毎日、死と隣り合わせで生きてきたんです。三度の危篤状態も乗り越えました。今も癌や心臓病と闘っております。それでも、私は謝罪を求めるより、平和が一番大事なのだと思っています。 GUY オバマ大統領を直接間近に見られた時の印象、人間としてのオバマ大統領をどう感じられましたか? 坪井:彼は、握手の手を(最後まで)放さなかったんです。私という、いち被爆者に対して、手を放したら転げるかもわからない。そういうところは周りに見させたくない、だから彼は手を離さなかったのだと思います。(坪井さんは近年、足腰が弱られて移動の時は杖を持ち歩いておられます。) 一方的なこちらの感じ方かもしれませんが、そういう彼の気持ちが伝わってきました。この人は私を庇ってくれている。そして、握った手が暖かかった。こういうことができる人は何を言っても大丈夫だと、そう思える人でしたね。それで私も思うように話すことができました。彼もわたしの話を聞きながら3回ほど歯を出して笑ってくれたんです。そのときオバマさんの正味が見えた気がしました。丁寧な人間なんだなという印象を受けました。人類の歴史では肌の色が違うこと(人種)が問題になっておりますけど、彼にとっては関係ないのだと思います。あの人にとっては小さい国だろうが大きい国だろうが区別なく対応してくれる人物だと思いましたね。先日のベトナムへの訪問もそう。かつて戦争をしていた国に赴き、国民に演説したでしょう。(2016年5月24日、ベトナムの首都ハノイで同国民に向けて演説した)キューバへの訪問もそうです。(2016年3月20日~23日 キューバ訪問。現職米大統領のキューバ訪問は88年ぶり。1959年のキューバ革命以来続いた対立の歴史において、大きな転換点になると期待されている。) かつて敵対していた、その人達と手を取り合う。それはオバマさん以外では成し得なかった事です。人間をあるいは人類を、人類として尊ぶということをわかっている大統領だからだと思います。 GUY そのオバマ大統領の任期が切れ、新たなアメリカの首長を決める、今度のアメリカの選挙についてお聞かせください。 坪井:(アメリカの選挙に対して)まだ研究や勉強が足らない部分はありますが、共和党のトランプ候補の勢いがありますよね。若者層を含め、政治について詳しくないであろう層が後押しをしているのではないかと私からは見えます。民主党のクリントン候補については、そろそろ、アメリカ初の女性大統領がでてきても良いかなとも思いますね。富裕層を優遇しているようなところも見えますしね。彼女も、初めからオバマ路線を継承するって言ってくれたら、より良かったんですがね(笑) 今のアメリカはテロの問題とEUからのイギリスの離脱の件もありますよね。まず、EUが落ち着かないと、選挙どころじゃないだろうと思いますね。(インタビューの翌日の6月24日、イギリスがEUから国民投票で離脱を決定)アメリカ国内にイギリスの離脱が影響を与えないわけはないのですが、トランプ候補はその件には触れないですよね。彼は頭がいいのか、悪賢いのかはわかりませんけどね。(後日、トランプはイギリスの離脱を受け、「米国も真の革命を得る機会だ」と声明を発表。既存体制からの脱却を求める潮流を自身の支持拡大に利用する意図があると言われている。) GUY トランプ候補には大統領になってほしくないと思われますか? 坪井:あの人は極論を持ち出しますからね。政策も、核兵器廃絶について一言も言っていないでしょう。だから我々の考えとはあわないです。言うこともコロコロ変わりますしね(笑) アメリカを含め、世界が抱えている問題でいえば、IS(イスラム国)ですね。この問題をどのように収めるかこれが今後の大問題だと思います。ISがこれから何をするのか?そしてそれをどう収めるのか?とにかくこの問題に話がつかないと核兵器どころの問題じゃない気がします。そういう組織に武器や資金を供給したりする国があるから余計問題を複雑にしているのだと思います。 GUY 戦争が経済に結び付く考え自体が、一因だと思います。 坪井:私もそう思います。今のように爆弾を落としたり、破壊することを解決方法とせずに、まずは対話をするためにお互いを理解しあう場を用意したり、それをまとめる人がでてくれる事が大事だと思いますね。 GUY 戦争より対話ってことですね。日本でも尖閣諸島の件から国防の話が(安保法制を中心に)頻繁に出てきてるじゃないですか。そのことについてお聞かせください 坪井:わたしから見たら(政治家が)日本のことばかりを見ている気がします。世界がまるで見えてない。いつも叩かれて先延ばしにして誤魔化す様な外交は私からすれば0点ですよ。日本の中で2/3(の議席)を取って憲法を変えるとかあんなことばかりやって外(アジアを含めた諸外国)との関わりがないですからね。そんな事を続けていたら(世界の)孤児になると思いますよ。だから株価もガンガン下がったりするんではないでしょうか。留めようと思うなら、もっと強い気持ちで諸外国とやっていかないとね。でも今は逃げ回っている様にしかみえない。東南アジアや欧州の問題にせよです。消費税にしても先延ばし。こちらから見れば上げない方がよいかもしれないが、それでは経済も行き詰ってしまう。お金を(日銀で)ただ刷ればいいってもんじゃない。それは外交に問題がある!相手がいて物事がおきる。この感覚が首相に足らないのではないかと思います。 GUY 外交努力がたらないと。 坪井:もっと世界的な視野をもって様々な問題と取り組まないといけないと思います。無利子(日銀のマイナス金利の導入)でやりますとか、その場その場で誤魔化しながらやっている様じゃだめだと思います。TPPでの交渉もそうです。外国に対してはちゃんと交渉して、国内に対してもこの件は承諾してくれと説明すれば痛みを分かち合うこともできる部分もあると思うんです。そういうことをできる首相じゃないといけないと思います。(わたしから見ると)周りを固めることばかりしているように見えますね。そのかわりあの人の良いところは色々な国へ行っている事ですね。(5年かけた小泉首相の48回の外遊と僅か2年弱で抜いたこと)でもそれ(回数)だけじゃダメなことに、気づいてくれると良いのですがね。(諸外国の外遊と比べ、中国、韓国との交流が少ないこと:2013年第二次安倍政権発足から、平成27年0月31日~11月2日に開催された韓国での日中韓サミットが一度きり) (団体として)政治、経済あるいは宗教のついての発言はしないように言われているんですが、人間はこれらを切り離しては生きていけませんからね。基本的なことは言いたくなるますわな(笑)私も90を超えましたし、いつまでも元気でおれるかわからんですからね(笑) GUY:坪井さんには、これからもお元気でいてもらわないと。先頭に立って核廃絶に向かっていただきたいと思っています。これからの被団協の未来について教えてください。 坪井:被爆者の平均が80歳を超えますからね。これから被爆者はどんどん少なくなるわけです。ですから、私たちは被害を訴えるだけでは駄目だと思いますね。私たちに残された時間には限りがありますから、一刻も早く核廃絶を目指さなければいけないと思います。そのことをメインに(原爆体験の)継承も大事にしていこうと思っています。ところで今回の記事はどこら辺に載るのかな? GUY:巻頭を予定しています。 坪井:私は真ん中あたりが良いのう。巻頭は照れますな(笑)  GUY 本間:(笑) 坪井;毎年この冊子に載るのも縁だと思いますよ。私はいつも(あなた方に)会えるのを楽しみにしておるんですよ。そうじゃないのもおりますがね(笑)あなた達も体だけは大事にしなさいよ。活動するのも体が資本ですからね。 GUY 本間:ありがとうございます。 本間:それではこの冊子を読んでいる読者のみなさんにメッセージを頂きたいのでよろしくお願いします。 坪井:自分を信ぜよ、そして他者を信じよ。今の時代は全部自分自分でしょう?エゴばかりでは駄目ですよ。そういうのは良いこと繋がらないと思うんですよ。だから他者を信じて繋がっていかなければね。自分を信じることだけでも大変ですがね。でもそれをやっていかなければいけない。もちろん私もね。 GUY:最後にいつものお言葉をお願いします。 坪井:(笑)ネバーギブアップ!!!!