インドネシア・アチェ州のPUNK シーン

東南アジア南部に位置する赤道直下の共和制国家・インドネシア共和国は世界一の音楽人口を擁する。
約87%の人口がイスラム教を信仰しているこの国の中でも、スマトラ島北端に位置するアチェ州は13世紀からイスラム信仰の強い地域であり人口の約98%がイスラム教を信仰し、シャリア(イスラム法:イスラム教の経典コーランと預言者ムハンマドの言行を法源とする法律)に基づく州条例を制定する自治権が認められている。
インドネシア国民の大多数は穏健的イスラム教の生活様式を営んでいるが、非常に厳格なシャリア法の下、アチェ州ではパンクロックを愛好する事そのものが現在も取り締まりの対象となっている。
世界的に有名になったのは2011年12月に64名のパンクス達が当局によって拘束された事件からである。

ABCニュースは『パンクは死なず。ただ道徳的なリハビリに行かされた』というタイトルでこのように報じた。

「スマトラ島のアチェ州で60人以上の若いパンクロックファン達を「道徳的にリハビリ」している
インドネシアのシャリア警察は「若者たちは州のイメージを傷つけている」と述べた。
12/10土曜日の夜に州都・バンダアチェで行われたパンクロックコンサートで逮捕された59人の男性と5人の女性のパンクロックファン達は、髪を切ったり、湖で水浴びをしたり、着替えたり、礼拝させられた。
逮捕命令を出したバンダ・アチェ副市長のIlliza Sa’aduddin Djamalは「彼らの活動によって、この州で施行されているシャリア法が傷つけられるのは恐ろしい。リハビリ施設で更生する事を願っている」と述べた。
このコンサートは孤児のための資金を集めるために企画され、インドネシア国内のあちこちから何百人ものパンクスが集まった。
警察は会場に乗り込み、モヒカン・刺青・細いジーンズやチェーンを身に着けているファン達を逮捕し、警察が運営する10日間の道徳的リハビリキャンプを受けさせた。


スカーフ姿の女性達によって長い髪をショート・ボブに切られた少女が泣いており、頭を坊主にさせられた少年達は苦痛のうめき声をあげた。
「なぜ私たちは逮捕されたのか?何の説明もなかった」とFauzal、20歳。「何かを盗む訳もないし、誰にも迷惑を掛けていない。ライブには行く権利があるのに」
メダン市から来ていた22歳の男性は、キャンプに10日間滞在するために職を失うのが恐い、と言った。「私はメダンの銀行で働き始めたばかり。なぜ逮捕されたのか分からないから、銀行に何と説明するべきかも分からない」
警察は「若者を『逸脱した』行動から思いとどまらせるために逮捕した」と述べた。
「彼らはシャワーも浴びず、路上で生活し、宗教的な礼拝をすることもなかった」とアチェ警察署長のIskandar Hasanは述べた。「彼らが適切かつ道徳的に行動するように矯正せねばなりません。彼らの精神的行動を変えるために厳しい治療が必要です」
地元の人権活動家であるEvi Narti Zainは「この逮捕は人権侵害です」と言う。「警察がやったことは完璧におかしい事です。パンクは世界中に存在する、単なるライフスタイルであり、規則を破ったり他人に危害を加えたりはしません」警察署長のHasanは、リハビリテーションプログラムは単に「普通のインドネシア社会へのオリエンテーション」であると主張し、告発を否定した。


スマトラ島の最北端にあるアチェ州は、インドネシアからの分離独立運動を抑える事を目的とし、特別自治法として2001年にシャリア法を部分的に採用した。
シャリア法の下で起訴されるのはイスラム教徒だけだが、非イスラム教徒のコミュニティも法律に従うことを求められている。」
また、BBCのニュースサイトは『インドネシア・アチェのパンクスは「再教育」のために頭を剃られた』と題し、このように報じた。
「インドネシアで最も熱心なイスラム教徒の州であるアチェで、何十人もの若い男性と女性が『パンク』で平和を乱したために拘留された。彼らは『再教育』を受ける矯正学校に入れられた。
アチェの警察によってモヒカンや変な髪型を切られた若い男性の写真が発表された後、人権団体は懸念を表明した。
共同浴場に押し込まれ仏頂面で怯えているように見えるが、アチェの警察は『傷つけようとしているのではなく保護しようとしている』と言う。
土曜日の夜に地元のコンサートで、バリやジャカルタから遠く離れた64人のパンクが拘束された。
アチェ警察のスポークスマン・Gustav Leoは、近くの住民から苦情があったと言う。
「地元住民たちはパンクの振る舞いが気に入らず、彼らの何人かがお金を求めて近付いた」と主張した。(以下略)」
中東エリアのイスラム諸国ほどではないとは言え、アチェ州では現在までに頻繁にパンクスが「パンクスである」という理由での逮捕が行われており、毎回その度に世界に大きく報道されている訳ではない。
しかし、そんな苦境にありながらもアチェ州ではパンクの炎は消える事なく燃え続けている。
以前は練習スタジオに関係者を中心に集めたライブが多かったそうだが現在、アチェのパンクスは「Rencong City Punk(レンチョン・シティ・パンク)」の名の下、最近は警察の目を逃れて市街地ではなく主に海沿いの森の中にある公園で、テント屋根のあるステージでライブを行っている。
(※Rencong(レンチョン)とは、アチェに古くから伝わる短剣(戦闘用の武器だが、今日では伝統的な儀式で使用される)の事で彼らの誇りを示しているそう)
コロナ渦にて一時は完全に活動がストップしていたが、2022年に入ってからは月に一度は複数のバンドが集まってのイベントを継続している。
2022年7月現在、活動中の主なバンドは

80’Sスタイルのハードコアバンド・SICK BOY
(女性ボーカル)、
ノイジーなCRUSTハードコア・TOTAL GALAU、
まくしたてるVocalが印象深いハードコアのTROTOAR CHAOS、
ツインボーカルで時折モッシュパートも含まれるニュースクールよりのCOLONY MUSUH
など(メタル/グラインド系のバンドはここでは省略しました)。
そして誇り高きRencong City Punksは地元・アチェでのFood Not Bombsの活動にも積極的である。
「爆弾ではなく食糧を」を意味するこの活動は1980年にアメリカ合衆国で始まり、今や全世界で貧しい人たちに食料や生活必需品を無償で提供する活動が行われている。
インドネシアの話から離れるが現在、同じ東南アジアのミャンマー連邦共和国にて軍事政権の圧政にくじけず活動を続けるTHE REBELRIOTも2014年のインドネシアツアーの際にシーンにおけるFood Not Bombsの活動に感銘を受け、ツアーからの帰国後より軍事クーデター下の現在も軍や警察の目を盗んでFoodNot Bombs Myanmarの名の下、困窮する世帯や家のない人たちやに食べ物を配り続けている。


さて、彼の地のパンクシーンについての理解を深めるために、近代におけるアチェ州の歴史について簡単にまとめておきます。
1945年から1949年までの4年5か月に渡るインドネシア独立戦争の際、アチェ州はインドネシアの勝利に大きく貢献したもののその後、地域の独立を巡って反乱が続いた事もあり1959年、時のスカルノ大統領はアチェを宗教・教育・伝統文化において地方自治が可能な「特別州」に指定した。
その後もインドネシア共和国からの独立を求める「自由アチェ運動」(GAM)によって長きに渡り内戦状態にあったが2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震による大津波でアチェが壊滅的な被害を受けたことを機に休戦、2005年8月15日に政府との間で和平協定が結ばれインドネシアの「州」となった。
そのスマトラ島沖地震にてアチェ州では死者113,000人、行方不明者127,000人以上、と人口400万人のうちおよそ5%が死亡・行方不明となる未曾有の惨事となった(パンクス64名が拘束された先述のライブも、津波による孤児の救済コンサートであった)。
こういった過酷な歴史が背景にありながらもRencong City Punksは今日も屈託のない笑顔で定期的な企画ライブ活動そして生活困窮者のためFood Not Bombsの活動を行っている。

話は前後するが当局によって拘束され、髪を刈られたパンクスの中には当時、アチェのパンクシーンを代表する存在であったスパイキーヘアなストリートパンクバンド・BOTOELKOSOENKのメンバーもいた。
三ヶ月に渡って拘束されたが最終的に、メンバーは矯正される事なく(笑)懲りずにシーンに居座っているそう。YouTubeやSOUNDCLOUDに「Street Punk」「Lets Go Pogo」の2曲が上がっているので興味がある方は是非、聴いてみて欲しい。
今ではインドネシア中のパンクスから尊敬を集め、YouTube等でも複数の後進バンドに曲をカバーされているのを確認出来る。
筆者は2010 年のCROPPED MENとBOOTed COCKS のインドネシアツアー、2015年のEIEFITS・ジャカルタ単発ツアーを企画したり、2008年から7度に渡ってインドネシアを訪問しているが、まだジャカルタ/バンドン/バリ島以外の場所へは行った事がないので次回は是非、アチェ州も訪れたい。

高崎英樹 ( BRONZE FIST RECORDS )


引用元:
https://www.abc.net.au/news/2011-12-14/punk-rockersrehabilitated-under-islamic-law/3731442

https://www.bbc.com/news/world-asia-16176410

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